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動物医療の外科手術の世界

苅谷動物病院グループでは多様な症例において外科手術を行います。疾患や術式はさまざまですが、外科手術を要する代表的な症例について実際に手術を行う獣医師が解説します。

腹腔鏡手術とは

腹腔鏡下手術は、腹部の複数の小さな切開部位から内視鏡(カメラ)や手術器具を挿入し、モニターに映し出される画像を見ながら行う手術です。
人の医療分野では、負担の少なさや手術成績の向上が得られることから急速に発展し、今ではごく一般的な手術方法になりました。動物の医療でも徐々に広がっており、注目されている新しい手術方法です。

腹腔鏡手術のメリット・デメリット

腹腔鏡下手術は大きくお腹を切る必要がなく、腸を触ったり外気にさらすことがありません。また、深い場所にある臓器を体腔外に引っ張り出す必要がなく、臓器の牽引による痛みも発生しません。モニターに拡大して映し出された鮮明な視野で手術を行うため、肉眼では気づかない小さな血管も目視でき、出血量を少なくできるという特徴があります。そのため、同じ目的であれば腹腔鏡下手術で実施した方が、手術後の動物が元気で痛がる様子が少なく、手術後すぐでも食欲が低下しにくいという利点があります。

一方、手術の感覚は開腹手術に比べより繊細なため、手術を行う術者、助手、外回り(※)の看護師からなる手術チームの熟練が求められます。また、非常に高価な専用の機材が必要であり、これらの理由から腹腔鏡下手術を導入するハードルは高く、実施できる施設は限られているのが現状です。手術はその目的により、腹腔鏡が向いている手術とそうでない手術があリます。腹腔鏡は狭い範囲での細やかな作業は非常に得意ですが、大きな腫瘍の摘出や胃腸の異物摘出など腹腔の広範囲にわたる手術には向いていないという特徴があります。

現在、葛西橋通り病院では多くの動物に腹腔鏡下避妊手術を行っており、腹腔内潜在精巣の摘出、肝臓・膵臓など臓器の生検、膀胱結石摘出など、ほかの手術にも適応を広げています。
※手術全般の進行をサポートする役割

■腹腔鏡下避妊手術

腹腔鏡下の避妊手術は日帰り手術です。食事は当日の夜から可能です。手術直後はいつもよりおとなしいですが、普通に歩き回ったり、自分でトイレで排泄ができます。手術から3日もすると、おもちゃを持って走り回ったり、安静が難しいくらい元気になります。10日後の抜糸までは傷口を保護するための洋服を着て生活します。実際の手術画像でどのような手術なのかをご説明します。

■腹腔鏡補助下膀胱結石摘出術

まとめ

今後さまざまな手術で、開腹手術と腹腔鏡手術を選択できるようになるでしょう。苅谷動物病院グループでは今後も動物にとって負担が少なく、回復が早く、低侵襲(ていしんしゅう)※1な外科治療をご提供できるよう努力してまいります。※1できるだけ身体を傷つけず負担も少ないこと

腹腔鏡下手術の解説や料金についてはホームページでもご覧いただけます。
犬の去勢・避妊手術の方法を解説!
腹腔鏡下避妊手術(2歳未満の場合)
※2歳以上の場合の料金については、動物の状態に応じて麻酔薬などを変更・調節する必要があるため、詳細を伺った後、個別にお見積りをさせていただきます。

犬の肺腫瘍摘出術

肺腺癌とは?

犬の原発性肺腫瘍はすべての腫瘍症例の1%以下であり、人と比較して稀な疾患と報告されています。犬の肺腫瘍が診断される年齢は平均10歳と高齢であり、ほとんどが悪性です。種類としては肺腺癌が最も多く、その他、比較的稀な肺腫瘍として腺扁平上皮癌や扁平上皮癌、間葉系腫瘍が認められます。犬種や性別による特異性は報告されていません。

症状

初期には特に症状がなく、健康診断やほかの疾患精査の際のX線検査で偶発的に発見されるケースが多く認められます。病気の進行に伴い、発咳、頻呼吸、運動不耐性、食欲不振、体重減少などの症状を呈します。

治療

腫瘍が孤立性で転移所見がない場合には外科療法が第一選択として推奨されます。薬物療法や放射線治療は切除不能または転移症例に適応とされていますが、外科療法による完全切除後の補助療法としても報告されています。一般的な術式としては肋間切開アプローチにより開胸し、目的の肺葉を基部から切除、摘出します。術後は数日間、胸腔内に設置したドレーンチューブから貯留する液体や空気を抜去し、貯留が認められなくなれば退院となります。

予後因子としては腫瘍の大きさ、発生部位、病理組織分類、症状の有無、リンパ節転移の有無などが挙げられます。これらの予後因子が良い場合には平均1年半以上の生存期間、悪い場合には平均1~2カ月の生存期間であったと報告されています。

猫の尿管結石

猫の尿管閉塞の原因としては結石が最も多く、その構成成分は98%以上がシュウ酸カルシウムであると報告されています。その他、尿管閉塞が起こる原因としては血餅や炎症産物や線維化、腫瘍、外傷、ミネラルなどの栓塞子が挙げられます、猫の尿管は直径1㎜程度と非常に細いため、極小の結石や栓塞子等により容易に閉塞、線維化を生じます。

症状

腎臓、尿管は左右に存在するため、片側性に閉塞が生じても反対側の腎臓の機能が正常な場合、重篤な症状を呈さず偶発的に発見されることがあります。しかし、反対側の腎臓の機能低下や両側性の閉塞が認められた場合には急性腎障害を生じ、脱水、嘔吐、元気食欲不振、沈鬱、乏尿、無尿などの徴候が認められ、更に病状が進行、悪化した場合には徐脈、不整脈、虚脱、痙攣などの症状を呈します。

治療

内科治療の奏効率は低いとされ、早期の外科介入が必要なケースが多く認められます。外科治療には主に尿管切開術、尿管-膀胱吻合術、尿管ステント設置術、SUBシステム設置術※の術式があり、症例の重症度、尿管結石の閉塞位置や個数などにより術式の選択がされます。SUBシステム設置術はすべての尿管閉塞に適応可能ですが、特に非常に重篤な症例(手術時間の短縮)、近位尿管の閉塞、多数の尿管結石や腎結石が存在する場合、膀胱腫瘍に起因する尿管閉塞などのケースで高い有益性を示します。

※SUBシステム設置術:腎臓と膀胱をつなぐ管を体内に設置する手術

尿管閉塞症例

SUBシステム設置術症例

尿管―膀胱吻合術症例

尿管―膀胱吻合

尿管切開術症例

胸腰部椎間板ヘルニア

椎間板は、背骨を形成する骨と骨の間の関節にあり、関節のクッションとして背骨に柔軟性を与えています。椎間板ヘルニアは、遺伝的素因、加齢に伴う椎間板の変性、外傷などの結果、椎間板中心の髄核が突出したり、線維輪が脆弱化よって変形し、それらが脊髄腔内に突出することによって発症します。

症状

椎間板ヘルニアが発生した部位は、出血、炎症、圧迫により脊髄神経の障害が起きます。症状は、障害の程度によりさまざまで、軽症例では腰痛、歩行異常、食欲低下などが認められます。重症例では、受傷部位の神経麻痺の結果、歩けない、立てない、排尿ができないなどの症状が認められます。

また、椎間板ヘルニアを発症したうちの3~6%程度は進行性脊髄軟化症に移行する可能性があります(椎間板ヘルニアの二次損傷によって進行性に脊髄神経が融解壊死する病気)。進行性脊髄軟化症を発症すると有効な治療法がなく、1週間前後で呼吸不全になり死亡します。

グレード1背部痛のみ、神経学的な異常なし
グレード2後肢のふらつき、歩行可能
グレード3歩行困難+自力排尿可能
グレード4歩行困難+自力排尿不可能
グレード5歩行困難+自力排尿不可能+深部痛覚の消失

診断

診察時に、症状と神経学的検査から椎間板ヘルニアが疑われた場合には、C T検査やM R I検査を行い、病変部位の特定を行います。一般的なX線検査では、診断することはできません。
診断精度が一番高いのはM R I検査で、大事な神経の状態を把握することができます。

治療

椎間板ヘルニアの軽症例は、安静にすること、痛み止めの服用などで治療します。グレード3以上の麻痺や不全麻痺が認められ、起立や歩行が難しい場合は外科手術の検討が必要です。

手術には、骨の一部を取り除いて穴を開ける片側椎弓切除術(ヘミラミネクトミー)や背側椎弓切除術(ドーサルラミネクトミー)があります。問題となっている椎間板物質は、その穴から取り除かれ、神経の圧迫は解除されます。手術後は、筋力の回復や歩行の改善を目標にリハビリを行います。

犬の悪性黒色腫(メラノーマ)

メラニン産生細胞に由来する腫瘍で、その発生は犬では口腔が最も多く、口唇、皮膚、爪床(そうしょう)などに認められます。特に口腔、口唇、爪床に発生するものは高悪性度であることが多く、腫瘍と関連のあるリンパ節や肺、肝臓などに転移を起こしやすく大変進行が早いという特徴があります。ゴールデン・レトリーバー、スコティッシュ・テリア、トイ・プードル、ミニチュア・ダックスフンド、ビーグルが好発犬種とされています。

症状

一般的に口腔内や口唇、皮膚、爪床などに黒色の腫瘤として認められます。中には黒色の色素を欠くものもあり必ずしも黒色ではありません。腫瘤の進行により表面に潰瘍や出血を認めることもあります。

診断

腫瘤の針吸引生検(FNA)による細胞診や腫瘤組織の切除による病理組織検査で行います。

治療

第一選択は早期の外科的摘出です。摘出後の補助治療として抗がん剤治療や放射線療法などがあげられます。

治療計画を立てるため、CT検査やX線検査、超音波検査等の画像検査や領域リンパ節を含めた検査を実施し、腫瘍の広がりを可能な限り確認します。そして解剖学的、機能的な側面も検討し切除可能か判断します。病態のステージによりその後の経過は異なりますが、悪性黒色腫は転移も高率に認められ、進行も早い悪性腫瘍です。可能な限り広範囲の切除を行います。悪性黒色腫は、適切な切除がなされ、術前・術中検査で転移が認められなくても、術後の転移が多く報告されています。

また、早期発見、早期の手術による治療が行われ、治療部位での再発を認めない良好なケースでも転移が認められることがあります。転移や進行したケースでもQOL(生活の質)の改善のため、外科治療を適応することもあります。悪性黒色腫の治療のような広範囲の切除を伴う手術は、時に動物の外貌やその機能、QOLを大きく変化させることもあります。私たちは治療に際して、その後の生活や機能を考え、病気の苦痛を少しでも取り除けるように常に努力を続けています。

爪床悪性黒色腫

転移巣手術